| ■ 碑 |
| 2010-07-19 (Mon) |
平成21年度の終わりに、僕は突如としていろいろなことを理解したような気がした。答えを得たような気がした。実はそれは突如なのではなくて、僕の延長の果てなのだった。数学の方程式が解けるように僕はいくつもの事を理解した。
人間とは何か。人生とは何か。生きることの意味は。大切なものは何か。人間が形づくるこの世とは何か。そしてその中での自分の立ち位置。自分とは何か。自分の何が問題なのか。何ができて何ができないのか。ルーツはなにか。僕はどうなるのか。そして自分はどうすべきか。これだけわかればもう十分だろう。今なら生きるうえでのほとんどの疑問に答えることができる。答えは、聞かぬことだ。今が平穏で平和ならそんなものは必要がない。ひとつだけいっておくと、生きることは、もっとずっと、はるかに現実的で生々しいものだったのだ。それに、気がつかなかった。
人間は僕はこんなことをわかりたくて生きているのではない。そしてわかったからといってちゃんとできるわけではない。
人に言うような話でもないが、僕はここでいったんこのことを書かなければならなかったのだ。僕が人生を続けてきた結果として、ある種記念碑的な意味合いにおいて。
行く当てに困る夏の入り、moumoonのEVERGREENばかり聴いている。サビが、切ない。心が、揺れる。映画、カフーを待ちわびて、の主題歌だ。
| ■ 亀 |
| 2010-02-06 (Sat) |
僕はそのとおり死に絶えかけた。二週間背中を静養せざるをえなくなり、結局休むはめになった。先週正月以来の筋トレを行った。手ひどく痛んだ。今の寒さはこたえる。体も心も。あれこれ痛んだりする。もう病院も、いいではないか。まるで、のろまな亀。さあどうする。
| ■ 膝 |
| 2010-01-17 (Sun) |
スキーは自分にとっては未だアグレッシヴなスポーツだった。いままで運動をしていなかったら、何もできないかできてもその後死に絶えているだろう。残念だが迷って少し早めに終わるくらいが加減だ。正月が明けてから体調悪く背中を痛めてイライラしていた。膝の痛みもなかなかひかなかった。動きたい人間なので動けないとどうも絶望的になる。先週はほとんど泳げず昨日もちょっと泳いだだけで筋トレはしていないが背中の痛みは増加した。それなのにちょっと無理した。前回ほどは膝にダメージはないだろうがただでもすむまい。最近は仕事でもストレスが多い。集中できないのとどうでもいい余計な話が多いのが難点だ。体が痛いと多くのことがなかなか難しくなる。痛みは、慣れない。
そうだ。思い出した。小柳ゆきのbe aliveのラップが入ったようなのが雪の中で耳を引いた。あれは何なのだ。ベスト・ラブバラードといってはばからないこの歌はやっぱり僕の心をまたつかんだ。いい歌だ。
| ■ 力 |
| 2010-01-03 (Sun) |
2003年の2月のように、いつ話せなる時がくるかもしれぬ。予想通りの苦難とともにとりあえず年を越して僕はとりあえず一年の寿命をまた貰ったような気がした。期限付きの契約社員のようだ。
去年の冬はまだ走ることに大きな不安があった。何度か走っては見たがそれだけだった。しかし、僕の腰椎には多分問題がないことを言い聞かせてきたような一年だった。マシンで10分程度だがはあるが毎週走るようになった。最初はそれでも下腿部が疲れていたが、今はもう走ることに取り立てて不安はない。後は本当に道の上を走ることができるかどうか。ただし走ることによって昔痛めた右膝が痛むようになってしまった。
50m泳ぐことができるようになった。せいぜい23メートルプールを2、3往復するだけだったのだが、あながち体力がついてしまい、合計五百m位は楽に行けるようになってしまった。慣れとともに力も抜けてきたため体力を使わないようにもなった。しかし僕は水泳をちゃんと教わったことがない。多分基本がないがしろになっているに違いない。ただし水泳のしすぎで背中を痛めてしまい1ヶ月くらい棒に振った。一年の中で一ヶ月はそれこそ痛い。今もオーバーワークが心配だ。ただ、今という限定で泳ぐことが少し楽しい。
途中異様に食欲が亢進し一時60キロに届こうかという勢いだったが、それも収まり水泳の頻度が増えたため体脂肪は今減っている。一年間言い聞かせてやっと腰にはそんなに不安がなくなった。ただし、臀部の痛みはなかなかで、今でもなくなったとはいえない。ただしこれは脳の感じる部分が多いと僕は考えている。毎週のストレッチのおかげもあって前屈ができるほどにはなった。念のため整理しておくが、2003年4月1日に腰痛を覚知し2006年の3月頃からプールウォークに通い始め12月から筋トレを再開した。都合3年間。基本的にほとんどの週末にそれらを遂行した。今年に入って逆に水泳とストレッチがメインになってしまった。こんな風に体力的には少し快復したかもしれない。筋量も年単位で少しは増えた(でもだからどうだというのだ)。ただしこれも念のためいっておくがそれ以外のことはほとんど何もしていないのだ。
今年の歌は前回からほとんど固定だった。090118による。これは聴き心地がよくて問題がなかった。元気ロケッツのSmileで始まり、昨年に引き続きマカロニ、charaとしおりの歌が二つとあゆのきれいごと風のDaysが入った。やっぱり未来記念日とはるかのeternal versionが続き、今年の中盤に力をもらったのはいまさらながらのあゆのMY ALLだった。正直この力には敬服した。今でも聴けば力を貰える。ここには永遠の力がある。間にはガルネクやleccaを聴いた。パフュームのアルバムもあった。他にもいくつか買ったが、積むだけであまり聴くようにはならなかった。
あまり書けない言い訳のひとつにはなるかもしれないがここまでで既に一時間半が過ぎている。書くというのはそういうことなのだ。日々そんな余裕がないことは理解してもらえるだろう。実はちょっとした快復とともに魔が差してスキーを十年ぶりに買ってしまいつい最近7年ぶりに復帰した。ただし膝に大きな不安を抱えているが。昨年はやり残したことがひとつあった。痛恨だったが一度や二度やろうとするくらいではできなかった。しかしそれで人間やってられるのか。僕は自問を繰り返していた。答えは言うまでもない。自分がいることの生きることの意味。あるいは意義。うっすらとそんなことを考えた。ドラマ、プロポーズ大作戦の中で夏八木勲はいう。「明日やろうはばかやろうだ。」確かに。それができるかどうかはわからない。時間は正確に経過しているのだが。
| ■ 未来記念日 |
| 2009-02-15 (Sun) |
まずこれまでの歌のことを書かなければと思っていたのだが、一年もたつともうどうでもよくなる。一昨年がLifeであったように昨年は、今まだ聴いていられるのは未来記念日だった。こんなときでも少しでも元気をもらうのはあゆのMY ALLだった。遥花、はよかったが、よすぎて少し重くなった。でもこれが完璧であることに違いはない。残念なことにMelody.は歌うことをやめてしまった。Perfumeのマカロニや福原美穂のひまわり、なども歴史に残る抜き難いいい歌だったが…一昨年は生きるのに必死だった。昨年ははしゃぎすぎた。希望などという夢のようなものも夢に見た。代償は大きすぎるものだった。他にもいろいろ聴いたがあまりいいのはなかった。
希望をなくしたり希望を持ったりそのようにして人生はなりたたっているものと認識しているが、時間にも肉体にも精神にも限界はあり次は年を越せないかもしれぬと危惧している。何しろただでさえ手が震えるのだから。飯島愛も死んだ。坂井泉水にしろ彼女にしろ、若くして逝った彼らの意思はどうだったかは知ることはできないが、ただひとつ晒されなかったという点のみにおいて僕は憧憬の念を感じないではいられない。これは僕の痛切な感情であり、いかに倫理道徳に反していようと誰にも批判することはできない。未来記念日、なぜか希望に満ちたこの歌が今でも聴けるのはただただやさしいからなのだろう。